2018/12/30

ジャニーズWEST最年長中間淳太くんのJr.時代の苦労エピソード

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ジャニーズWESTの最年長、中間淳太くん。
最年長であるからこそデビューまでの道のりも険しいものでした。
そんな中間くんの関西ジャニーズJr.時代からデビューまでの経緯を振り返ってみたいと思います。

 

中間くんは小学6年生の時にKinKi Kidsのコンサートで募集していた台湾Jr.としてジャニーズ事務所に入所し、その時に日本に帰ったら連絡してとジャニーさんに言われたそうです。
高校の時に関西に戻ることになり、関西ジャニーズJr.としてそこから活動をし始めました。
他のメンバーとは全く異なる異例の入所の仕方です。

 

最初は関西ノリが合わず、苦労したそうです。
入所後の2004年の12月に桐山照史くんとB.A.D.が結成。
当時の桐山くんのことを「正直、一番苦手なタイプでした。すごいガツガツしてたし」と振り返っています。
そんな二人ですが、ごくせんの時に、お互い腹を割って、ここが嫌い!と言い合ったことで仲良くなったそうです。

 

入所が遅いこともあり、苦労もたくさんしたそうです。
Msgical Summer』という舞台で、内博貴くんの代役で急遽出演した時に、おいしい役もらいやがって、中間が調子にのってる、など関西Jr.の中で孤立していた時期もありました。
当時からお金持ちキャラや頭良いキャラも根付いていました。

 

そんな中間くんですが、2008年にごくせんに出演したときは大学生で周りも就職先が決まり、焦りを覚えていたそうです。
ジャニーさんに勢い余って「辞めます」と電話で伝えたこともありました。
その時にジャニーさんがすごく引き止めてくださり、「デビューを決めるのは僕だからね。見てる人は見てるよ」という言葉を胸にJr.活動を続けていました。

 

しかし、中間くんがデビューしたのは2014年。
その間はB.A.D.として桐山くんと共に関西Jr.のトップをはっていましたが、辞めていくメンバーに心を傷めることも多かったそうです。「B.B.V.って10人グループになったとき、パワーを感じた。この10人でデビューまで上り詰めたろ!って。
でも徐々に皆辞めていき、やっぱり仲間が減っていくのは寂しかった」と言っています。

 

そんな中間くんの転機は2011年、西日本ツアーが決まった時です。
発表された瞬間、皆が涙を流すほどデビューに一歩近づいた!と大喜びしたそうです。
そして2013年には関西Jr.としての初全国ツアーが決定。その後も様々な場を踏み、デビューに至りました。

 

異例の台湾Jr.からの入所を経て、様々な出会いと別れを繰り返してデビューをした中間くん。
今後もそんな中間くんから目が離せません!

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