2018/11/26

ジャニーズWESTの不動のセンター!笑顔が魅力的な重岡大毅くんのJr.時代秘話

ジャニーズWESTのセンター、重岡大毅くん。
不動のセンターと言われていた重岡くんだからこそ関西ジャニーズJr.時代に抱えていた思いも多くありました。
そんな重岡くんのJr.時代からデビューまでの経緯を振り返ってみたいと思います。

 

重岡くんは友人と共に履歴書を送り、ジャニーズ事務所に入所しました。
Jr.に入る前まではハマるものもなく、部活も辞めてしまい流されることも多かった重岡くん。
しかし、オーディションの時にダンスを踊り、「あ、これ楽しい」と思い、探していたものを見つけた感覚になったそうです。

 

同期の藤井流星くんがTOP Kidsや2007年結成時のHey!Say!7WESTに加入していた傍ら、重岡くんはそのバックをつとめることや目立たない位置にいることも多かったです。

 

その後、Hey!Say!7WESTに加入し、NYC boysとして東京での仕事が決まったり、7WESTになってからセンターをつとめることになった重岡くん。
7WESTとしてユニットコンサートを行うなど確実に場を踏んできた重岡くん。
しかし、熱い思いとは裏腹に仕事の量やB.A.D.やBOYSという先輩の大きな超えられない壁に焦りを感じていました。

 

関西Jr.としてセンターをはっていましたが、その立ち位置や周りからの視線にプレッシャーを感じていたことも多くありました。
大阪松竹座での公演で主役を任せられた時にプレッシャーに思い悩んでいたところを桐山くんが喝を入れてくれて、「主役がくよくよしてたらあかん」と気合を入れたというエピソードもあります。

 

そんな重岡くんの転機は『モモコのOH!ソレ!み~よ!』にレギュラー出演が決定したとき。
悩んでいた時期に、人間的にもタレント的にもその番組から吸収することが多かったそうです。
学ぶべきこと、やるべきことは、僕にはまだまだあると気づかせてもらったと言っています。

 

熱い思いと共に、事務所を辞めるメンバーも多くいました。
しかし、重岡くんはジャニーズ事務所を辞めたいと思ったことは一度もなかったそうです。
「絶対やめないって思ってました。僕、捧げてきたんで、ジャニーズに。人生も、青春っていう青春も全部。ほかの道なんて存在しなかった」とアイドルとして力強いコメントを残しています。

 

ジャニーズWESTとして4人でデビューが決まった時も、情けじゃなく、国民的グループになるためには7人でなければいけないと最初から最後まで訴え続けたのは重岡くんでした。

ジャニーズに人生を全て捧げてきた重岡くんだからこそ、センターをはり、7WESTや今のジャニーズWESTがあるのでしょう。今後もそんな重岡くんから目離せません!

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