2018/03/10

ジャニーズWEST一番のトーク力の持ち主 桐山照史くんのJr.時代秘話

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ジャニーズWESTの切り込み隊長桐山照史くんは関西ジャニーズJr.時代からトップを走ってきました。
そんな桐山くんのJr.時代について振り返ってみたいと思います。

 

小学6年生の時に自分で履歴書を送った桐山くん。絶対に芸能界に入ると決めていたそうです。
オーディションにはモヒカンで行き、ジャニーさんを睨んでいたそうです(笑)。

入所したての時は同期の濱田崇裕くんがグループを組み、マイクを持っている傍ら、桐山くんはステージに立つときは一番後ろで悔しいという思いを抱いていたそうです。

 

そんな桐山くんのJr.時代の大きな転機となったのは2004年に中間淳太くんとB.A.D.というユニットを組んだ時です。
桐山くんは「最初は性格が真逆で正直仲が悪かった」と中間くんとの出会いを語っています。
そこから少しずつ自分にないものを持っている中間くんと分かち合い、一番大きかった出来事として
「関西Jr.だけでコンサートをやった時に淳太がステージで笑っているのを見て、10年後も一緒に笑ってるんやろうなと思える瞬間があった」と言っています。

 

ずっとB.A.D.としてトップを走ってきた桐山くん。
「ごくせん」や「流れ星」など様々なドラマに出演した他、東京での舞台など数々の仕事をJr.時代にこなしてきました。
しかし、その反面、当時は関西Jr.の皆に申し訳なささを感じていたそうです。
「関西Jr.を代表として東京に仕事に行っているのに、色んなチャンスを頂いたのに、ウワッ!って人気が出ないことにずっと関西Jr.のメンバーに対して、ごめんなって思ってました」と言っています。
関西Jr.の兄貴分として後輩のこともたくさん考えていたのでしょう。

多くの仕事を得る一方、プレッシャーも大きく、「ごくせん」が終わった頃には入院したり、体調を崩してしまったりしていたそうです。
そんな時に関ジャニ∞の安田章大くんが相談にのってくれたりして、「僕は関西Jr.を引っ張っていたんじゃない、支えられてたいた」と気づいたようです。

 

桐山くんは関西Jr.のトップをはっていましたが、後輩からの信頼も大きい人でした。
重岡大毅くんは「松竹座で舞台をする時に主役をやることになった。その時にクヨクヨしていたら照史くんが喝をいれてくれた」や、当時7WESTのトップであった神山智洋くんからも先輩としてライバルとして絶大な信頼を得ていました。
他のJr.の子からも「照史くんがいると場が盛り上がる!」や「照史くんを尊敬している」など様々な発言があり、桐山くんの優しくて後輩思いな背中を見て育った関西Jr.がたくさんいました。

 

ワイルドな見た目の裏に繊細な心を持つ桐山くん。B.A.D.の一人として関西Jr.を優しく力強く引っ張っていってくれたその存在はとても大きいです。デビューしてジャニーズWESTとなった今も変わらぬ優しい桐山くんから目が離せません!

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